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第36回


高橋幸司

有限会社高橋幸司の事務所取締役社長。価値負けしない店・人づくりマン、中小企業診断士。お客様に「あなたの店がないと、私、困っちゃう」と言わせる、存在価値で負けない店づくりを志向。商売大好きオーナーの店だけを一所懸命コンサルティングするかたわら、社員教育、マーケティングセミナー、創業塾、各種講演、執筆、ラジオ出演もどんど んこなす。
1966年福島県生まれ。

「差出人不明のFAX」
 鋭いマーケティングを邪魔するのは、固定観念だと思う。固定観念を生むのは、自身の成功体験からくるおごり、自惚れ、まんねりだ。2001年の冬に、「自惚れるな、謙虚になれ」を、私に教えてくれた人がいた。その時の私のメモを紹介しよう。
あれは10人ほどの経営者向け勉強会の講師を務めた時のことだった。その夜私の元に1枚のFAXが届いた。

 「お世話になりました。しかし、あなた達のような馬鹿とつきあっている暇はない、現状を見ろ」ショックだった。いつもの受講者アンケートは、お礼や質問がほとんどなのに、この1枚は違う。差出人名や番号がない。誰だろう?と一瞬考えた。そしてすぐに、さっき話した内容に問題があったのでは?と思い返した。受け売りではない分、マイナーな事例は受講者全員にウケる内容ではないことはわかっていた。しかし細部まで、一所懸命に吟味した内容だった。そこで、こう考えることにした。このFAXを書いた人は、きっと懇親会の後で酔っていたんだ。気にしないでおこう、と。

 でも、その言葉はいつまでも私の心に居座った。そればかりでなく、次第に大きくふくらんでいった。もう忘れようと思いFAXを破棄しようとも思ったが、言葉の痛烈な力に圧倒されて、破棄できないでいた。それに、若輩で傍若無人な私にとって、このFAXは、どこかありがたい気がしたのだ。
 それから1週間。仕事に出かけて、私は大勢の人と会った。初めてのコンサルティングには、依頼を受けてスグに段取りを始めた。勉強会では新鮮な事例を話した。取材では、逆にノウハウを取材されることにも喜んで応じた。そんな時、調子に乗って、喋りすぎたり、相手の気持ちよりも自分を押してしまう瞬間があった。すると、不思議なことに、あのFAXが頭の中に立ちはだかった。それはまるでスピード違反の検問のように。「お世話になりました。しかし、あなた達のような馬鹿とつきあっている暇はない、現状を見ろ」私は思わず自惚れていた自分を恥じた。そして、謙虚になれ、と自分に言い聞かせた。

 私は気になって仕方が無かった。一体誰があのFAXを私に送ったのか、ということが。「あなた達のような馬鹿とつきあっている暇はない」だけなら、いたずらFAXかもしれない。しかし、その前後にある「お世話になりました、現状を見ろ」の文にやさしさが感じられる。それは「初心にもどれ、謙虚になれ」ということだと、私は解釈した。
 それから暫くの間、このFAXは私のそばに居座ることになる。もちろん、私は初心や謙虚さを、以前よりも意識するようになった。やがて、謎のFAXのことは気にならなくなった。今となっては、FAXの差出人がわからなくてよかったと思う。差出人が分からなかったから、私はその言葉をかみ締めることができたのだから。
 この差出人不明のFAXを、今も私は持っている。