福島県折込広告社


 特集

 社員のコラム

 マーケティングスパイス

 こちらOMS研究所

 折込モニター集計表

 バックナンバー

    チラシは時代を映し出す鏡!
チラシで見る1980年代の世相

 長い間保管されていた古い資料を片付けていたら、1984〜85年前後のものと思われるチラシを保存したファイルが見つかった。手にとって開いてみると、自分の青春時代に流行ったモノがチラシ一杯にひろがり、時間を忘れて思わず見入ってしまった。チラシには、その時代に流行したファッション、世相、景気などが如実に現れるものだ。いわゆるバブル景気に突入しつつあったこの時代のチラシを見ると、世の中が上昇気流に乗ろうとしている兆しが見え隠れしている。チラシはまさしく「時代を映し出す鏡」であることを、ここに紹介するチラシの数々が証明してくれている。

■1980年代のできごと
事件経済社会
1981遠東航空機墜落事故発生。向田邦子さんも犠牲に トヨタ・ソアラを発売、社会現象を巻き起こす
北炭夕張新炭鉱ガス突出事故発生 スペースシャトル コロンビア打ち上げ
1982ホテルニュージャパン火災・日本航空350便墜落事故500円硬貨発行 東北新幹線・上越新幹線開業
フォークランド紛争 テレホンカード発売
1983大韓航空機撃墜事件日経平均株価が終値ではじめて1万円を突破 東京ディズニーランド開園
三宅島大噴火 ロッキード事件の公判で元首相の田中角栄氏に実刑判決
1984植村直己さんが消息不明に新紙幣発行「福沢諭吉」「新渡戸稲造」「夏目漱石」 日本の平均寿命が男女とも世界一に
グリコ・森永事件 日本初のエイズ患者を認定
1985日航機墜落事故電電公社がNTTに、 日本専売公社がJTに民営化 阪神タイガース21年ぶりセントラル・リーグ優勝
G5がプラザ合意声明。バブル景気の原因のひとつに  
1986スペースシャトルチャレンジャー号爆発、乗組員全員死亡急激な円高によるプラザ合意不況・半導体不況 道路交通法改正、自動車のシートベルト着用が原則義務化
チェルノブイリ原子力発電所事故土地や証券の投機が経済に波及。バブル経済のスタート  
三原山が大噴火  
1987日経平均株価が終値ではじめて2万円を突破 東北自動車道が全線開通
国鉄が分割・民営化、JRグループが発足  
ブラック・マンデー。世界の株式市場大暴落  
1988リクルート事件日経平均株価が終値ではじめて3万円を突破 青函トンネル・瀬戸大橋開通
なだしお事件  
1989東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の犯人が逮捕される消費税スタート昭和天皇が崩御。元号が昭和から平成へ
日経平均株価が史上最高値38,915円を記録ベルリンの壁崩壊

■出光興産(株)郡山中央給油所
  1984年(昭和59年)11月折込

11月にオープンということで、冬の必需品「スパイクタイヤ」をセール特価で販売。裏面には、ラジカセとカセットテープを掲載しています。今の価格と単純に比較はできませんが、ラジカセは相当高い贅沢商品でした。
  ■ビューティーサロン銀座
  1985年(昭和60年)11月折込

美容室の移転オープンを告知するチラシです。パーマをかけた方に抽選でスクーターや自転車が当たるというビッグなイベントが目を引きます。この当時の美容室チラシに登場するモデルはほとんどが外国の方でした。
■福島県珠算学校
  折込日不明

昭和40〜50年代、習い事といえば「書道」か「そろばん」のことでした。「人間コンピューター」のコピーに、人の無限の可能性を感じます。受験のための学習塾も大切ですが、そろばんの素晴らしさをもう一度再認識して欲しいところです。

■貸レコード店が登場!
 レコードを借りてカセットにダビング⇒自分だけのお気に入りカセット作りが流行
1980年に最初の貸レコード店が東京都三鷹市に開業して以来、1989年のピークを迎えるまで貸レコード店は全国で増え続けた。84年6月に貸レコード暫定措置法が施行され、85年1月には改正著作権法が施行され、レコード製作者に「貸与権」と「報酬請求権」が付与された。これにより、貸レコード店はレコード製作者に無断でレコードレンタルすることができなくなった。その後、CDがレコードにあっという間に取って代わり、「貸レコード店」は「CDレンタル店」となって現在に至っている。

■郊外型ファミリーレストランが続々とオープン!
「休日は家族でレストランへ」というスタイルが一般的となる
1970年代になって日本に登場し始めた「ファミリーレストラン」は、「幅広く多種多様なメニューを、小さな子供連れの家族でも気兼ねなくゆっくりと食事を楽しむことができる」のが特長だ。 下のグラフを見ていただくと、1980から1990年にかけて一気に外食に支出する金額が増えていることがわかる。1980年代になると、福島県内にもファミリーレストランのオープンが相次ぎ、最も手軽で身近なレジャーのひとつとして市民権を得ていった。

■日本中がフィーバーの嵐!
ドラム式フィーバーセブン機の登場でパチンコ業界は黄金時代へ
パチンコ業界は、1980年のドラム式フィーバー機の登場で黄金時代を迎えた。その後CR機導入による業界の盛況は1994年にピークとなり、ついに売上は30兆円を超えた。しかし、射幸性の高い過激な機種がもたらす影響が徐々に表れ始め、店舗数と客数が翌年から下降線を描き始める。1995年頃から、大手による大規模ホールの寡占化が顕著となり、1店舗あたりの平均設置台数が増えている。

■庶民にはパソコンよりもワープロが一般的だった時代!
黎明期に誕生したパソコン専門店
今や子供からお年寄りまで身近な存在になったパソコンであるが、家庭に一気に普及しはじめたのは意外にも21世紀に突入してからである。日本では、パソコンよりもワープロ専用機のほうが一般に普及していた。NECのPC−9800シリーズは516,000円。同時期に発売されたダイハツの軽自動車「ミラパルコ」とほとんど変わらない値段となっている。
■まとめ
チラシに掲載されている電話番号や住所を頼りに、今でも営業を続けている店を探してみた。オープン時と同じ場所でしっかりと商売を続けている店もあったが、すでに存在していない店のほうが多く、特に飲食店と小規模食品小売店はほとんど現存していなかった。20年以上店を続けるということは、想像していた以上に難しいという現実を目の当たりにし、まさに「継続は力なり」を実感した。 商売を続けている店でも、オープン後、定期的にチラシを使った販促を行っていた店は少なかった。毎月とはいわないが、折に触れて自店をアピールすべきタイミングはどんな店にもある。折込広告の効果的な活用を率先して提案し、的確なアドバイスができることが、私たちのこれからの生きる道にもつながっている。
[企画課:鈴木道雄]